無骨ブーツが好きになると、手入れも気になってくる。
汚れを落とす、保湿する、磨く。
そういう時間も含めて楽しさがあると思う。
ただ、その一方で、手入れを頑張りすぎると少し違う顔になることもある。
きれいにはなる。
でも、履き込んできた空気や無骨さまで薄くなるように感じることもある。
自分は手入れそのものを否定したいわけではない。
むしろ好きだ。
ただ、無骨ブーツは何でもかんでも整えればいいわけでもないと思っている。
今回は、無骨ブーツは手入れしすぎない方がいいこともあると感じる理由と、雰囲気を残した付き合い方について考えてみた。
きれいにすることと魅力を残すことは別かもしれない
ブーツの手入れというと、きれいに整えることを想像しやすい。
確かに、汚れを落として革の状態を保つことは大事だと思う。
放置しすぎるより、ちゃんと向き合った方が長く履ける。
ただ、無骨ブーツの魅力は、ただ新しく見えることではないとも思う。
履き皺、少しの擦れ、使い込まれた表情。
そういう部分があるからこそ、道具としての雰囲気が深くなることがある。
つまり、きれいにすることと、魅力を残すことは同じではないのかもしれない。
この差を意識すると、手入れの仕方も少し変わってくると思う。
手入れしすぎると均一になりすぎることがある
無骨ブーツに限らず、革物は手入れでかなり表情が変わる。
その変化自体は面白い。
でも、やりすぎると少し均一になりすぎることがあると思う。
色が整いすぎる。
艶が乗りすぎる。
履いてきた跡が少し目立たなくなる。
こうなると、状態は良くても、無骨さや道具感が少し薄く感じることがある。
特に、もともとラフな空気が魅力のブーツでは、この差が出やすい。
全部を消して整えるより、残した方が格好いい部分もあると思う。
残したいのは汚れではなく表情
ここは少し大事なところだと思う。
手入れしすぎないと言っても、放置したいわけではない。
残したいのは汚れではなく、履いてきた表情の方だ。
泥や埃は落とした方がいい。
乾燥しすぎるなら最低限の保湿も必要だと思う。
でも、そのうえで履き皺や軽い擦れまで全部消そうとしない方が、無骨ブーツの良さが残ることもある。
つまり、雑に扱うのではなく、整えすぎない。
この中間がかなり大事だと思う。
無骨ブーツは少し荒さがある方がしっくりくることもある
無骨ブーツの魅力は、きれいすぎないところにもあると思う。
新品の整った感じも良いが、少し使い込まれて荒さが出た時に、急に格好よくなることがある。
この荒さは、だらしなさとは違う。
ちゃんと履いてきた道具の顔という感じに近い。
だから、全部を新品っぽく戻そうとするより、履いてきた跡を活かす方がしっくりくることもある。
手入れは、消す作業だけではなく、残す作業でもあるのかもしれない。
そう考えると、無骨ブーツとの付き合い方は少し変わって見える。
状態を守りつつ、雰囲気は残したい
結局、大事なのは革の状態を守りながら、雰囲気は残すことだと思う。
そのためには、毎回フルで整えるより、必要な時に必要な分だけ触る方が合っていることもある。
乾燥しているなら保湿する。
汚れているなら落とす。
でも、まだ良い顔をしているなら無理にいじりすぎない。
この距離感が、無骨ブーツにはかなり似合う気がする。
自分としては、手入れはブーツを管理するというより、付き合い方を調整する行為に近い。
整えながら、どこを残すかを見る感じだ。
まとめ
無骨ブーツは、手入れしすぎない方がいいこともあると思う。
きれいにすることは大事だが、整えすぎると履いてきた空気や道具感まで薄くなることがあるからだ。
残したいのは汚れではなく、履き皺や擦れのような表情。
そのためには、放置ではなく、整えすぎない付き合い方が合っていることもあると思う。
自分も手入れは好きだ。
でも、無骨ブーツに関しては、何でも均一に整えるより、少し荒さが残っている方がしっくりくることがある。
状態を守りつつ、雰囲気は残す。
その中間にある付き合い方が、無骨ブーツらしさを育てるのかもしれない。
履き込んだブーツの表情については、ブーツの経年変化記録が面白いと感じた理由を書いた記事もどうぞ。
手入れ道具そのものについては、実際に使う物だけ残したブーツメンテ道具の記事もあわせてどうぞ。